初めての一人旅

「今年の夏休み、旅に出ようと思って。プチ食ツアー的な。愛媛に行ってもええかな?」
私の前を歩いていたミッキーがくるっと振り返って、突然こんなことを言った。
「えっ!!!うん♪うん♪」
「ヒッチで行こうか?行けるかな?」
「うん♪うん♪いける♪いける♪」



今年の残暑まだまだ厳しい夏にミッキーがやってきた。
若干19歳。
人生初の遠出一人旅。

が、今治っ!

うれし~し。

母の佳織さんは「何で愛媛なんやろう。何でキャンベルとこなんやろ。」と合点がいかぬ様子。


22日から24日の3日間。
私はとても不思議な気分だった。
ミッキーが隣にいる。

2006年9月。
旅の途中に立ち寄った月の庭で初めて彼に逢ったとき、彼からは目を合わせてくれることはなかった。
月の庭はちょうど夏休みで、私は毎日岡田家で朝夕食事を取っていた。
1週間もそこにいたけれど、ミッキーは中学生で遊びに忙しく結局私の存在もミッキーの存在もお互いはっきりしないままだった。

お互いの存在をはっきりしたものはなんだろう…。

私は覚えている。ミッキーの存在が私の中で特別になったときの事は。
月の庭10周年の彼らのダンスのときだった。
目立ちたがりの岡田昌の息子は、センターではなく一番端で踊ってた。
ミッキーに興味を持ったのはきっとその瞬間。

それから亀山に事あるごとに足を運んでいた私はラッキーなことに亀山に行くと必ずミッキーに会えていた。
だからといって深く話したことがあるわけでなし。
母の佳織さんからはよく彼の話を聞いていたけれど。

彼は岡田家に、気づけばキャンベルがいた。と言った。

なんだかとっても不思議な感覚の3日間。

 

松山・三津に行ったり高知で矢野絢子と遊んだりミッキーに卵焼き作ってもらったり。

 

ず~っと車の中で話す。
矢野絢子聞きながら。ギターパンダ聞きながら(笑)

ミッキーは今更ながらに思うことを言っていた。
「お父さんとお母さんが店をしてなかったら俺、愛媛に来ることもなかったしこんなに人に沢山会えてなかった。月の庭があってよかった。」って。
二人に感謝していることを何度も何度も伝えてくれた。

オーガニックカフェレストランを経営する両親の元で育ったものの
料理に興味なかった息子は県下有数の料理学校『相可高校』に入学。
左利きだった彼はまず、右手で包丁を持つ大変さからのスタートだった。

塩の話をした。
『食物』や『出来事』には必ず陰・陽があることや。
お父さんの話やばあちゃんの話。
それからお店を持ちたい話や料理のこと。
少し、思い出話や。

彼は旅に出始めた。
伊勢のボンビバンで働きながら。旅に出始めた。
あんなに大勢人が出入りする店がそばにあるにもかかわらず人見知りだった彼はいよいよ、旅に出始める。

みっきーありがとう。
君のおかげで私はトマトとメロンが食べれるようになった。
TOTOYAのディナ~ごちそうさま。
白猫と黒猫のお話(編集ほとんど母・佳織)すごいすきやった。
おむすびに始まりおむすびでしめたね(笑)
この先も幸先ええよ(笑) たぶん・・・。


おまけ。
おかしいね。
どこに行っても「(キャンベルに)気をつけて。いろいろ気をつけて。ほんとに気をつけて。」と言われてたな。おかしいね。
今治最初に口にしたものが私の握ったおにぎり。
相方・吾一に「あとは美味しい物にありつけるだけやから幸先ええかもね。」といわれたね。おかしいね。おかしいね。
月の庭元店長・シュンスケシャンにも「何でよりにもよって愛媛~!!」っていわれたね。おかしいよね。







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コメント: 1
  • #1

    tsubu (火曜日, 30 8月 2011 23:26)

    ソトスさんに岡田さん料理教室の問い合わせをいたしました、松山市のtsubuです。

    昨日ご案内が届きました。
    ご丁寧にありがとうございました<(_ _)>

    2日の18時の回、1人のみ空きがあるとのことで
    お知らせわざわざありがとうございました。
    さっそく調整してみたのですが残念ながら無理でした。

    日程が近づいているので、すぐご返事の電話しようと思ったのですが電話番号が分からず、こちらにコメントさせていただきました。

    またご縁がありましたら寄せていただきます。
    (近いうちにお目にかかれそうな気がします?!)
    ありがとうございました。